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二条城 二の丸庭園、本丸庭園、清流園  にじょうじょう

庭の概要

所在地 京都市中京区二条通堀川西入二条城町
電話 075-841-0096(京都市元離宮二条城事務所)
作庭年代 二の丸庭園は江戸前期、
本丸庭園は明治27年(1894年)、
清流園は昭和40年(1965年)
作庭者 二の丸庭園は小堀遠州、
清流園は中根金作ほか
様式 池泉式、その他
寺社の創建年代
文化財指定・登録状況 (二の丸庭園)国の特別名勝
(二条城として)国の史跡、世界文化遺産
敷地面積 二の丸庭園約7,200㎡、清流園約16,500㎡
公開状況 二の丸庭園、 本丸庭園は公開。
清流園は通常非公開だが、城内園路から眺めることができる。

歴史・いわれ

二条城 二の丸庭園、本丸庭園、清流園の画像 二の丸庭園(元離宮二条城事務所提供)

二条城は、慶長8年(1603年)、徳川家康が将軍任官拝賀など、朝廷に対しての儀式を行うための拠点として慶長7~8年(1602~03年)に造営した城で、慶応3年(1867年)、15代将軍徳川慶喜による大政奉還の舞台として有名な場所です。国宝に指定されている二の丸御殿の建物群や、庭園の国宝にあたる国の特別名勝に指定されている二の丸庭園などがあります。

慶長年間の造営後も拡張・整備が続けられ、寛永3年(1626年)に完成し、京都における将軍の居館としての役割を持つようになります。

二条城は寛永11年(1634年)以後、文久2年(1863年)までは利用されることなく、また明治から昭和初めにかけても一時期を除き皇室の離宮となっていたため、一般の人の目に触れることはまずありませんでした。昭和14年(1939年)、国から京都市に下賜されてから公開されるようになり、今に至っています。

慶長年間の造営の際には御殿に面して池と築山を備えた庭園が作られていたことが古絵図などから想像されますが、今の二の丸庭園との関係はよくわかっていません。二の丸庭園が今見るような形になったのは寛永3年(1626年)になってからで、当時二条城の構造奉行にあり、生涯に多くの作庭を指揮した小堀遠州の指示のもとに完成しました。

※小堀遠州(こぼりえんしゅう)(1579~1647)......江戸時代初期、幕府の作事奉行となり、優れた庭園を残した。茶を古田織部に学び、将軍家茶道指南、のち遠州流茶道の開祖となる。書道、歌道、華道、陶芸、建築、造園に造詣深く、仙洞御所、二条城、南禅寺金地院などの庭を手がけた。

庭園は、二の丸御殿の大名への謁見を行なう黒書院と大広間に面する形で作られ、庭園は中島のある池を中心に滝石組や多くの景石が据えられています。

今は、二の丸御殿の管理の都合上、御殿の下から庭園を眺めることになりますが、謁見の場の庭という性格上、本来は御殿の黒書院・大広間から眺めるものでした。特に大広間から西向きに眺めたときは、当時本丸にあった天守が庭の後ろに見えていたとも考えられ、今以上に壮観な眺めであったと想像されます。

寛永3年(1626年)には、二の丸庭園の南側に後水尾天皇を迎えるための行幸御殿が池に乗り出すような形で作られました。そのために作庭では二の丸庭園を北向きに見る視点も考慮されたと思われます。しかし、この行幸御殿は後水尾天皇行幸後、承応元年(1652年)頃までに順次撤去され、今は礎石の一部が残るのみになっています。

本丸庭園

本丸には、明治天皇の指示により作られたとされる本丸庭園があります。もともとここには、本丸に付属して庭園が作られ、本丸の焼失後、江戸時代の末に茶室が建てられ、茶室に付属して庭園が設けられていましたが、明治に入ると茶室・庭園とも撤去されてしまいました。

二条城は明治の始めには京都府庁や陸軍省などが置かれましたが、明治17年(1884年)に宮内省所管の離宮となり、明治26~27年(1893~94年)に京都御所にあった旧桂宮御殿を移築して新たな本丸としたのが今に見る本丸御殿です。そして本丸御殿に付属して、明治27年(1894年)に植木商の井上清兵衛によって築山を備えた芝生を主体にした簡素な平庭が新たに作られました。

清流園

城内北側には、昭和39~40年(1964~65年)に新たに作られた面積約16,500㎡の清流園があります。江戸初期の豪商・角倉了以の屋敷から建物の一部や庭石約800個などを譲り受け、さらに全国から集めた銘石300個を使い、新たに茶室「和楽庵」を建てました。

清流園は、大きな流れを中心とする和風庭園と、芝生を主体にした洋風庭園からなっています。流れの設計は近代を代表する造園家の一人、中根金作氏らが中心になって行いました。現在は市民大茶会を始め、二条城を訪れる賓客の接遇にも利用されています(通常は非公開)

見所・みどりの情報

二条城 二の丸庭園、本丸庭園、清流園の画像 本丸御殿から築山(月見台)を見る(元離宮二条城事務所提供)

二の丸庭園は江戸時代に作られる大名式庭園といわれる様式のさきがけにあたる庭園で、室町時代までの庭園とかなり異なった眺めとなっています。

その代表といえるのが石の使い方で、二の丸庭園では、色の鮮やかな石を縦長に据えてあるものが多いのが特徴です。室町時代までの庭園では、石はどちらかというと横長に据え、特に目立つところを縦長に据えていたのですが、二の丸庭園では、縦長の石が林立しているかのような眺めになっています。それでも、石が多くせせこましいという感じはなく、豪快な広々とした感じの庭となっており、大名式庭園の初期のものとはいうものの、様式として完成している感があります。

 

二条城には多くの花木があります。春のウメ(梅林)、サクラ(西南土蔵付近、桜の園など)、ツツジ類(西南土蔵付近)、秋のイチョウ、モミジなどは城壁、建築、庭園などの歴史的な景観と一体となっています。また珍しいものとしては、北大手門付近のシダレエンジュがあります。

 

また、戦後、武田一乗寺農場、宝鏡寺、東京農業大学厚木農場から多数の品種のツバキの挿し穂を譲り受けました。中でも清流園までの順路、西北土蔵から北中仕切門までの園路沿いに植えられているツバキは50品種以上、約160本あり、真冬から春にかけて次々と紅、白、絞りの花を次々と咲かせます。 

手入れのポイント

二条城 二の丸庭園、本丸庭園、清流園の画像 清流園(元離宮二条城事務所提供)

京都御所ではマツの剪定などに一般の剪定に比べて疎らに間引いていく“御所すかし”という独特の技法が用いられていることが知られています。現在、“御所すかし”ができるのは、わずかの造園業者に限られていますが、二条城もかつて離宮であったという性格から、剪定方法に“御所すかし”の影響が残され、現在も京都市役所の二条城の庭園管理を行う専門の職員には、“御所すかし”独特の技が伝えられています。

文化財の指定/関連の文化財

二の丸庭園は昭和14年(1939年)11月に国の名勝に指定、さらに1953(昭和28)年3月に特別名勝に指定

 

二条城全域は昭和14年(1939年)年11月に国の史跡に指定

 

二条城は世界文化遺産に平成6年(1994年)12月に登録

 

本丸御殿の建物はもとは宮中に弘化4年(1847年)に建てられたものです。宮御殿の遺構として完全な形で残っている唯一のもので、重要文化財に指定されています。

 

展示・収蔵施設

二条城二の丸御殿の障壁画は、当時の幕府御用絵師であった狩野探幽をはじめとする狩野派の画師の作で、国の重要文化財に指定されています。原画保存のため、順次、デジタル保存した上で模写に替えられており、現物が見ることができないものもありましたが、平成18年(2006年)2月に展示・収蔵施設が完成し、見学できるようになりました。障壁画は全部で1,000面近くあり、順次展示していく予定とのことです。

ご注意

 

引用・参考文献・資料提供

【引用・参考文献】
・京都 仙洞御所 二條 桂 修學院離宮 御寫眞及実測圖集 第三十六集、川上基邦、1932
・京都名園記(上)、久恒秀治、1969、誠文堂新光社
・日本庭園歴覧辞典、重森三玲、1974、東京堂
・集成 日本の古庭園(下)、岡崎文彬、1985、同朋舎
・日本史小百科19庭園第3版、森蘊、1990、近藤出版社
・中根金作京都名庭百選、中根金作、1999、淡交社
・関ケ原合戦と近世の国制、笠谷和比古、2000、思文閣
・大工頭中井家建築指図集、2003、思文閣
・二條城庭園の歴史、内田仁、2006、東京農大出版会

周辺マップ

他サイト参考情報

見学のガイド

  京都観光Navi(二条城)

  京都観光Navi(二条城二の丸庭園)

本丸や障壁画などの公開の時期は二条城公式ホームページなどでご確認ください。

  二条城公式ホームページ

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