京の庭を訪ねて:庭園を通じて京都の「緑の文化」に触れてみませんか?

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清水寺成就院庭園  きよみずでらじょうじゅいんていえん

庭の概要

所在地 東山区清水
電話 075-551-1234
作庭年代 江戸時代初期
作庭者
様式 池泉式
寺社の創建年代
文化財指定・登録状況 国名勝庭園
敷地面積 約600㎡
公開状況 通常非公開(春と秋に公開期間あり)

歴史・いわれ

清水寺成就院庭園の画像 池に山と空が映り込み名月の夜を偲ばせる借景庭園

 清水寺の参道を抜け仁王門から左に下りると、「清水の舞台」で有名な本堂の北側、奥まった一角に本坊「成就院」があり、その庭園は国の名勝に指定されています。


 室町時代初期の赤松氏山荘の跡地で、享保20 (1735) 年の『築山庭造伝※1 【つきやまていぞうでん】』には「典雅温淳【てんがおんじゅん】の体【てい】」として庭の全景が、寛政11 (1799) 年の『都林泉名勝図会※2 【みやこりんせんめいしょうずえ】』には現存する庭と同じ姿の詳細な写生図が残されており、当時から名園として注目されていたことがわかります。
 相阿弥【そうあみ】が作庭し小堀遠州【こぼりえんしゅう】が補修したとも、風狂【ふうきょう】の連歌師【れんがし】・松永貞徳【まつながていとく】の作とも伝えられています。


 書院から座鑑【ざかん】すると、緑輝く池泉【ちせん】の景がギヤマン戸に映し出されており、まず奇妙な形の「烏帽子【えぼし】岩」に目を奪われます。
 すぐ横には月照上人【げっしょうしょうにん】が「夕やみの庭の木かげにかげろうの あるかなきかの灯影【ほかげ】さびしも」と詠【よ】まれた蜻蛉灯篭【かげろうどうろう】が立っています。丸い小さな灯影が池に揺らぐ様は、はかなくも美しい眺めなのでしょう。
 続いて平安の昔から歌枕として詠まれ、信仰の対象とされてきた塩釜【しおがま】の岩島の名を冠【かん】した「籬島【まがきじま】石」がどっしりと据えられており、この三石が庭の骨格を構成していると考えられます。
 右手の東側は音羽山【おとわやま】に続く丘陵に滝が組まれています。


 室内から広縁【ひろえん】に出ると背後の山と谷、青空が庭と一体になり、急に大きな景の中に放り出されたように感じますが、これも借景庭園の醍醐味でしょう。庭境【にわざかい】の低い生け垣で近景を切り、背景を庭に取り込んでいます。
 よく見ると谷の向こう側にも石灯篭があり、そこまで回遊式庭園の山路が通じているようも思えます。池には山と青空が映り込み、月夜を思うと「月の庭」としても名高いことが強くうなずけます。
 水面は島の陰に隠れて谷の懐まで続いているように見え、木橋先の滝石は尾根の景へ溶け込むように組まれ、大きな空間を創り出しています。


 庭の主役達は、どんな物語を演じているのでしょう。烏帽子岩は蜻蛉灯篭を挟み、籬島石に会釈しているようにも見えます。滝上の四角く刈り込まれた植物は何かを暗示しているようです。
 庭に仕掛けられた名人たちの思いを読み取ってみるのも、面白いかもしれませんね。 

※1 築山庭造伝...北村援琴斎【えんきんさい】が著した作庭書で、後世に築山庭園造伝前編と呼ばれる。後年、文政11(1828)年に秋里籬島【りとう】が同盟の築山伝を著し、後編と呼ばれる。

※2 都林泉名勝図会...秋里籬島が著した京都の名園案内。挿絵が写実的であるため、江戸時代後期の庭園の実景を知る資料とされる。

見所・みどりの情報

清水寺成就院庭園の画像 ギヤマン戸に映し出された庭の物語
 庭の中に目を転じてみると、先ほどの三石の他にも小ぶりな「手毬【てまり】燈篭」、縁先には豊臣秀吉寄進【きしん】「誰が袖手水鉢【たがそでちょうずばち】」、西庭の三角灯篭など、素晴らしい石造美術品が点在しています。

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