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大原野神社神苑・鯉沢の池  おおはらのじんじゃしんえん・こいさわのいけ

庭の概要

所在地 京都市西京区大原野南春日町1152
電話 075-331-0014
作庭年代 近世以前
作庭者
様式 池泉
寺社の創建年代
文化財指定・登録状況
敷地面積 約83,000㎡(境内面積)
公開状況 公開中

歴史・いわれ

大原野神社神苑・鯉沢の池の画像 池の南から小塩山方面(西側)を見る。右に中島が、対岸の中央に瀬和井(せがい)の清水の玉垣が見える。

大原野神社は、洛西ニュータウンの西、小塩【おしお】山の東の麓【ふもと】にある古社です。桓武天皇による長岡京への遷都の際に、藤原氏の氏神である奈良の春日神社(春日大社)を分霊して乙訓を臨む大原野の地に祀【まつ】ったのが創建と伝えられます。
平安京に遷都した後、850(嘉祥3)年に左大臣藤原冬嗣の孫に当たる文徳天皇により荘厳な社殿が造営され境内も整えられました。

平安時代には、藤原一族の崇敬が篤【あつ】く、また室町時代には足利尊氏をはじめとする歴代将軍の崇敬も受け繁栄しましたが、応仁・文明の乱(1467~1477年)では戦火に巻き込まれることはなかったものの、のちに社領が押領されるなどして衰退しました。しかし、江戸前期に再興され、一時期途絶えた祭礼なども再び行われるようになりました。

春日大社と同様の四棟から成る春日造の本殿の南の神苑に、南北、東西とも約40メートルほどの大きさの「鯉沢【こいさわ】の池」があります。
やはり藤原氏の氏寺である奈良の興福寺「猿沢【さるさわ】の池」を模して作られたと伝えられます。
昔から流れ込む川などはなく、池底からの湧き水や雨水だけで維持されています。確たる史料は見つかっていませんが、こうした湧き水のある立地が創建につながったと考えられ、その原形は相当古くからあったと考えられます。

境内の風光は、平安時代より紀貫之【きのつらゆき】など多くの貴族たちの和歌に詠まれ、源氏物語などの文学作品にも記されました。
江戸時代には、かつて大伴家持【おおとものやかもち】が使ったと伝わる池の西側の瀬和井【せがい】の清水とともに名所として紹介され、人々に親しまれました。

 

見所・みどりの情報

大原野神社神苑・鯉沢の池の画像 遅咲き、一重の千眼桜。4月10日ごろ、白い花を一斉に咲かせ、3日ほどで散ってしまう。(大原野神社提供)

境内の大半は山林で、かつては「小塩の松」(アカマツ)が多くマツタケもよく採れたそうです。
池の周辺を含めて境内にはサクラやモミジが多く植えられています。
特に花着きが良い枝垂【しだれ】桜があり、花の盛りに千個の目があるように見えるので「千眼【せんがん】桜」と呼ばれ、短い花期に存在感を示します。
また、初夏から夏にかけては、神苑のツツジ類や鯉沢の池のスイレン、カキツバタが目を楽しませてくれます。一般に日本庭園といわれる庭園のようには密な管理はしていないとのことですが、昔ながらの風光を今に伝え、静寂の中に荘厳さをほうふつとさせる庭となっています。

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