京の庭を訪ねて:庭園を通じて京都の「緑の文化」に触れてみませんか?

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智積院庭園  ちしゃくいん

庭の概要

所在地 京都市東山区東大路七条下東瓦町
電話 075-541-5361
作庭年代 江戸時代前期
作庭者 運敞
様式 池泉式
寺社の創建年代
文化財指定・登録状況 国の名勝
敷地面積 3,472.65㎡(文化財指定面積)
公開状況 公開(有料)

歴史・いわれ

智積院庭園の画像 滝流れと刈り込みが景をつくる築山。右手に三味線のばちといわれる大刈り込みが見える。

現在、智積院のある地は、もともと豊臣秀吉が長男鶴松の冥福を祈って建立した祥雲寺や豊臣秀吉を祀った豊国社のあった場所にあたり、智積院再興当時は、祥雲寺の堂舎がそのまま使われたようですが、やがて境内の整備が行われ、総本山としての寺観を整えていきました。

 

境内に庭園が作られたのは、境内の整備が進められた17世紀後半のことで、延宝2年(1674年)に完成したものと考えられます。作庭を指揮したのは、智積院第7世の運敞(うんしょう)僧正であったことが記録に残されています。

 

運敞僧正は、智積院の復興に多くの功績のあった人ですが、庭園に関する素養にも優れていたようで、その作庭した庭は、作庭当時から「東山第一」などと絶賛されます。

見所・みどりの情報

智積院庭園の画像 縁側から宸殿方向を見る。築山の石組を映す池が、建物の下に入り込んでいる。

庭園は、大書院に面して築山を背景とし、築山からの滝の水を受ける南北に細長い池が設けられた構成になっています。築山にはサツキツツジなどの刈り込みとともに、丈の低いモミジやサルスベリが植えられて、複雑な山の形をかたどっているように見え、さらに滝流れとその下流の護岸石組の存在が深山幽谷の雰囲気をかもし出しています。また、春にはサツキツツジの花が、秋にはモミジの紅葉が、庭の趣に華やかさを添えます。

 

築山の刈り込みは、丸く刈り込んだものや四角く刈り込んだものが組み合わされ、さらに築山裾には三味線の「ばち」のよう形をした刈り込みもあり、それだけでも目を楽しませます。このように様々な形の刈り込みを配植するという珍しい構成を持っていますが、江戸時代の絵図を見ると、池に架けられた石橋なども含めて、今見るものとほぼ同じ情景が描かれており、その姿にほとんど変化が無いことがわかります。

 

築山に据えられた滝石組その他の景石もその存在を大きく強調するものではなく、全体としておだやかな構成の庭園ですが、池に張り出した形で建てられた大書院など、独創的な意匠が随所に残されており、「東山第一」と言われるだけの斬新なデザインを有した庭園であることがわかります。

文化財の指定/関連の文化財

江戸時代前期からの庭園の様相をよく残しているため、昭和20年(1945年)に国の名勝に指定されています。

 

現在、収蔵庫には、かつて祥雲寺の客殿を彩っていた障壁画が保存・展示されています。この障壁画は当時、狩野永徳らを代表とする狩野派と相並んで活躍した、長谷川等伯を中心とする長谷川一門が描いたもので、国宝に指定されています。

引用・参考文献・資料提供

【引用・参考文献】
・都林泉名勝図会、秋里籬嶋、1799
・日本名園図譜、本多錦吉郎、1911
・智積院史、村山正栄、1934、弘法大師遠忌事務局
・日本庭園史圖鑑第九巻、重森三玲、1937、有光社
・京都名園記上、久恒秀治、1967、誠文堂新光社
・日本庭園史大系第14巻江戸初期の庭(1)、重森三玲・重森完途、1973、社会思想社
・日本庭園歴覧辞典、重森三玲、1974、東京堂出版
・日本史小百科19庭園、森蘊、1984、近藤出版社
・智積院境内祥雲寺客殿跡の発掘調査、1995、真言宗智山派総本山智積院
・京都・山城寺院神社大辞典、1997、平凡社
・中根金作京都名庭百選、1999、淡交社

【取材協力および資料提供】
智積院

周辺マップ

他サイト参考情報

見学のガイド

  京都観光Navi(智積院)

  京都観光Navi(智積院庭園)

智積院の概要と庭園の紹介ページ

  智積院公式ホームページ

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