京の庭を訪ねて:庭園を通じて京都の「緑の文化」に触れてみませんか?

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積翠園(旧東山武田病院)  しゃくすいえん

庭の概要

所在地 京都市東山区東大路通渋谷下ル妙法院前側町 
電話
作庭年代 本文参照
作庭者
様式 池泉式 
寺社の創建年代
文化財指定・登録状況
敷地面積
公開状況 非公開

歴史・いわれ

積翠園(旧東山武田病院)の画像 池の西側を見たところ

(2016年4月1日現在、積翠園を含む敷地はホテルへの建替え工事中です。この記事は2009年9月現在のものです。ご了承ください。)

積翠園の敷地は、もとは南側に隣接している寺院「妙法院」の境内でした。昭和29年(1954年)に専売公社が買収し、京都専売病院が管理してきましたが、平成17年(2005年)から病院の経営が移譲され、東山武田病院となりました。

妙法院は比叡山にはじまり、天台宗延暦寺別院として、平安時代末期に洛中に移転しました。応仁・文明の乱(1467~77年)で焼失しましたが、桃山時代までには現在地に落ち着き、豊臣秀吉により復興されました。今の庭が形作られたのは、江戸時代の元禄年間(1688~1704)の初め、尭恕法親王(ぎょうじょほっしんのう、3度天台座主を務めた)が門主であったころと考えられています。

ただし、作庭時期については、中島に沿って池中に直線的に配された5つの石が古い様式の「夜泊石」とも考えられることや、『平家物語』(長門本)の六波羅の項の記述から、積翠園はかつての平重盛の別邸小松殿の庭であり、時代は平安末期までさかのぼると考える説もあります。

※夜泊石(やはくせき、よどまりいし)......池泉の岸の近くに水面に浮かんだように数石を並べて据えたもので、港に船が碇泊している様子、とくに、宝を求めて出る出船や宝を持ち帰った入船の様子であるといわれます。京都では中世に造営された西芳寺(苔寺)や鹿苑寺(金閣寺)の庭園にあるものがその例とされますが、「夜泊石」という名称自体は、江戸時代になってから文献に現れるようになりました。

庭園は、東西に細長い大きな池を中心とし、池の中に2つの大きな中島を築いた構成です。一見、池は一つの水面のようですが、東端の池は石橋を境に一段高くなっており、2段構成の池となっています。

池の東端と西端の部分は、専売病院の建設時に改修されたようですが、中島のある中央部分はあまり手を加えられることもなく残されてきたようです。

特に、東側の大きい中島(大島)に架かる石橋は、庭の景をなすものであるため、病院建設時にも大事に残されたということです。

見所・みどりの情報

積翠園(旧東山武田病院)の画像 東北に向かって小島を見る。(背景は東山)
右手の池中の石が夜泊石と呼ばれています。

東端の池には滝石組が設けられており、現在は井戸で汲み上げられた水が滝口から池に注がれています。池が細長いために、滝口は遠くから眺めるのではなく、近くの大島に架かる石橋のあたりから眺めるのがちょうどいいようです。

 

東山武田病院は現在、一般病床126床で、外来患者は1日約500人が訪れます。

玄関を入ってすぐの中央受付ロビーの全面窓や、2つの病棟の病室から庭の四季を眺めることができます。

 

樹木は、冬期に葉が落ちると眺めが寂しくなるので、常緑樹を中心に植えているそうで、クスノキ、アラカシなどの広葉樹や、アカマツ、クロマツ、スギ、ヒノキ、シノブヒバなど針葉樹も多く使われています。

 

また、ウメ、サクラ、ツツジ類、サルスベリなどの花木や、モミジ、ハゼノキなど紅葉を楽しめる樹木も池の周囲に植えられ、四季の彩りを池に映し出します。

 

近年、段差の少ない園路や四阿(あずまや)が整備されました。車イスで園路をゆっくり巡ったり、ベンチで休むなど療養に役立てられ、この庭園の存在は患者さんにとって非常に大きなものになっています。池を主体とした静かな日本庭園ですが、新しい意義のもとに積極的に利用されている貴重な例といえるでしょう

手入れのポイント

高木類が病棟からの眺めを大きくさえぎったりしないよう、また園路を歩きやすいよう、樹木の剪定に配慮がされています。

 

お願い

積翠園の庭は、午前9時頃から午後5時頃まで、警備の方に断ったうえで見学できますが、休養施設として使われていますので、患者さんの利用の支障とならないよう、また静粛を保っていただくよう配慮をお願いします。なお、ある程度まとまった人数での見学を希望される際は、病院に事前にお問い合わせください。

引用・参考文献・資料提供

【引用・参考文献】
・都名所圖會卷三、秋里籬島、1780
・社寺境内外区別取調、明治
・亰都名勝記、京都市參事會、1903
・妙法院蓮華王院寫眞帖、妙法院、1913
・京都坊目誌下京之部、碓井小三郎、1915
・新撰京都名勝誌、京都市役所、1915
・京都美術大觀 巻貮 庭園、中野楚渓、1936、高山堂
・日本庭園史圖鑑 第一巻、重森三玲、1938、有光社
・日本庭園歴覧辞典、重森三玲、1974、東京堂
・日本史小百科19庭園第3版、森蘊、1990、近藤出版社
・京都・山城寺院神社大辞典、1997、平凡社
・ランドスケープ研究第70巻5号(研究発表論文集25)「『无上法院殿御日記』にみる後水尾院サロン以降の宮廷庭園文化」、町田香、2007、日本造園学会
・日本庭園学会誌20号「近世初期における妙法院門跡庭園での遊興事例」、町田香、2009、日本庭園学会
・平家物語 長門本、延慶本、高野本、八坂本(順不同)

【取材協力および資料提供】
東山武田病院

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