京の庭を訪ねて:庭園を通じて京都の「緑の文化」に触れてみませんか?

  1. HOME
  2.  > 都市緑化協会TOP
  3.  > 京の庭を訪ねて
  4.  > 伏見区  >  桃山  >  江戸  >  池泉
  5.  > 醍醐寺三宝院庭園

醍醐寺三宝院庭園  だいごじさんぼういん

庭の概要

所在地 京都市伏見区醍醐東大路町
電話 075-571-0002(醍醐寺)
作庭年代 桃山時代~江戸前期
作庭者 本文参照
様式 池泉式
寺社の創建年代
文化財指定・登録状況 国の特別史跡・特別名勝
(醍醐寺として)世界文化遺産
敷地面積 約4,000㎡(文化財指定面積)
公開状況 公開(有料) 

歴史・いわれ

醍醐寺三宝院庭園の画像 庭園全景(醍醐寺提供)

醍醐寺は貞観18年(876年)、理源大師聖宝が醍醐水といわれる霊験あらたかな水の湧く笠取山に観音像をまつったのがその始まりとされる名刹です。中でも三宝院は永久3年(1115年)に開かれて以後、歴代の座主を輩出する五門跡の一つとして栄え、応永35年(1428年)以降は三宝院が座主の職を独占し、一山を支配することとなりました。

 

しかし、応仁・文明の乱により、醍醐寺も多くの堂舎が焼失、三宝院もまた失われ、山内は荒廃してしまいました。

この荒廃した醍醐寺を立て直したのが、第80代の座主に当たる義演准后(ぎえんじゅごう)です。当時、義演は「金剛輪院」(こんごうりんいん)を改修し、そこに居住していました。豊臣秀吉の絶大な庇護を受けて醍醐寺を再興し、金剛輪院の建物や庭を座主の居住するに相応しい風格のものに作りかえました。その結果、金剛輪院は座主の居住する「三宝院」の名を受け継ぐこととなり、今に至っています。

 

醍醐寺再興の機運となる最初の契機は、慶長3年(1598年)3月15日(旧暦)に秀吉が催した有名な「醍醐の花見」です。この年の1月から3月に秀吉は何度か「金剛輪院」を訪れ、その改修を援助することに決めるとともに、実際に現地で池の形や中島の場所、石の据える場所、建物を建てる場所などを決める「縄張り」という作業を実施しました。

 

秀吉は、配下の3人を奉行として現地での工事を指揮するように命じ、「醍醐の花見」が終わった4月から多くの職人たちが金剛輪院の改修工事に携わることとなりました。その様子は義演准后がつけた日記に詳細に記されています。大工事のために普通の人夫だけではなく、専門の技術者も登用され、日記には「仙」、「与四郎」、「賢庭」(けんてい)といった庭師の名前が出てきます。

 

この金剛輪院の作庭は、慶長3年(1598年)に始まり、翌慶長4年(1599年)の秀吉の死後は義演の手で続けられ、最終的には義演の亡くなる元和10年(1624年)までの27年間に及んで行われ、この間、技量のある庭師たちが秀吉の構想と義演の指導を元に作庭に励み、とくに賢庭については慶長7年(1602年)から元和9年(1623年)までの22年間にわたって金剛輪院の作庭にたずさわり、「天下一」と賞賛されるほどの名声を築きます。

 

義演准后は秀吉の構想をさらに理想的な庭園に仕上げるために改良を重ね、中島には石橋、木橋、土橋がそれぞれ架けられました。また滝石組を2段から3段へとさらに高く積み上げ、給排水のための水路を設置しました。

 

さらにシュロやゴヨウマツなどの常緑樹を主体とした樹木を植え、花壇を作り、また池に水鳥を放つなど、義演は様々な工夫をこらしました。

見所・みどりの情報

醍醐寺三宝院庭園の画像 表書院からみた庭園(醍醐寺提供)

この庭で、眺めの中心としてとらえられるのが「藤戸石」と呼ばれるほぼ長方形の形をした石で、表書院の正面、庭園のほぼ中央に据えられています。この石を持ち込んだのは秀吉で、秀吉はこの石を自分の居館であった聚楽第(じゅらくだい)から運ばせました。この石は聚楽第の前には織田信長の築いた二条第に据えてあったもので、時の権力者を魅了する独特の何かを有しているのか、江戸時代を通じて名石として挙げられています。

 

庭は表書院から眺めるために作られたと思われますが、義演の死後、お茶の流行とともに茶室が設けられ、庭の一部が回遊できるように作りかえられました。

しかし、中島と池と、藤戸石を中心とした石組をそのままに残した名園は、昔と変わらず醍醐の山水をたたえた力強い優美な眺めで人々の目を楽しませてくれます。

 

三宝院の玄関前には、みごとなシダレザクラの木があります。高さはおよそ13m、枝張りは最大で15mを越えます。いつごろ植えられたものかはわかりませんが、春には行きかう人の目を楽しませてくれる名木です。

手入れのポイント

(庭園の修復工事について)1995年の阪神淡路大震災などの影響で、池の石組が崩れ始めたため、平成14年(2002年)、改修工事と兼ねた発掘調査が始まりました。冬場の約3か月間は、池の水を抜き、護岸などの一つ一つの石を記録しながら修復を行っています。この改修工事は平成20年(2008年)ごろまで行われる予定です。

文化財の指定/関連の文化財

庭園は昭和2年(1927年)6月に国の史跡・名勝に指定され、さらに昭和27年(1952年)3月、文化財としての庭園に与えられる最高の格付けともいえる国の特別史跡および特別名勝に指定されました。

 

建物も三宝院唐門、表書院は国宝に指定されています。このほか、三宝院殿堂、三宝院宝篋印塔は重要文化財に指定されています。

 

また醍醐寺境内全体は昭和42年(1967年)12月、国の史跡に指定されており、さらに平成6年(1994年)12月、世界文化遺産に登録されました。

 

平成13年(2001年)、改修・増築していた霊宝館が開館しました。館内は8棟に分かれ、秋の公開期間中は、十一面観音立像(鎌倉時代)など国宝10点、重要文化財50点を含む約70点が展示されます。

ご注意

かつて醍醐の花見が行われた「やり山」は、現在防火水槽などが設置されているため、保安上立ち入りはご遠慮下さい。

引用・参考文献・資料提供

【引用・参考文献】
・京都名園記(上)、久恒秀治、1969、誠文堂新光社
・日本庭園史大系 第8巻 桃山の庭(1)、重森三玲・重森完途、1971、社会思想社
・京の茶室 千家・宮廷編、岡田孝男、1989、学芸出版社
・日本史小百科19庭園(第3版)、森蘊、1990、近藤出版社
・中根金作京都名庭百選、中根金作、1999、淡交社
・庭園学講座10 文化財庭園の保存管理技術、京都造形芸術大学・日本庭園研究センター、2003

【取材協力および資料提供】
醍醐寺

周辺マップ

他サイト参考情報

見学のガイド

  京都観光Navi(三宝院庭園)

醍醐寺の概要と庭園の紹介ページ

  醍醐寺公式ホームページ

ページ上部へ

Copyright (c) KYOTO CITY GREENERY ASSOCIATION
All Rights Reserved.